月下に眠るキミへ
 


     5



街中を吹き抜ける潮風も一段と冴えが増す、師走という慌ただしい頃合いに、
我らが武装探偵社へ飛び込んで来たのは、軍警からの応援要請の依頼で。
場所も時間も、ついでに取りやめるには…という交換条件さえも指定されないままという、
取り付く島のない爆破の予告状が、軍警宛に送られてきたらしく。

「脅迫状というより挑戦状だな、こりゃ。」

見てなと言わんばかり、そっちは場所を指定して空き倉庫を爆破したのが、
単なる空言言いの“愉快犯”じゃあないって示しだったとして、
そこまでやったのに、それでも依然として どこに仕掛けていつ爆発するかは提示されていない。
そりゃあまあ、阻止されちゃあ元も子もないのだ、事細かな詳細までは書かぬだろうが、
どの辺りという大まかな指定があってこそ、そりゃあ大変だと軍警や警備隊も動くのであり。
探索に向かう傍らに避難や包囲やに奔走し浮足立つところを観て、
ざまあねぇなと嘲笑したかったワケではない、ということだろか?

 「もしや、こちらの東奔西走振りが判る位置にいる者なのだろうか。」
 「…それって警察関係者が犯人だってことですか?」

やや速足で街をゆく、こちらは太宰と敦の二人連れ。
携帯端末へ刻々と他の場所での経過が報告されており、
早くも2つほど、乱歩が推理した建物や敷地内に設置されていた爆弾が発見されたとのことで。
そのどちらもが、先に空き倉庫を破壊したブツと同じ型だったとか。

 「乱歩さんほどの名探偵がこちらにはいるのだと、
  全然の全く知らない犯人だったら、どうなっていたと思う?」
 「それは…。」

こういう緊急事態だということは判っていても
雲を掴むような話へ右往左往するのみだったのではなかろうか。

「人が多く集まるところや、
 要人が出向く予定になってる宴やへ警備を増やすくらいしか手はない?」
「そう。つまりは後手後手に回るだけということだ。」

警察を踊らせたいのだろうが、それにしたってあまりに曖昧過ぎるじゃあないかと、
再び鳴り出した携帯を取り出し、メールだったらしいその文面を読んでいた太宰が、ふと、

 「おや…。」

おやおやという、少々意外な何かへ意表を突かれたような顔になった。

 「どうしました?」
 「うん。また爆発物が見つかったらしいのだがね。
  その地点から立ち去った気配があって、それは他の場所でも拾われてたらしい。」

え?と敦も目を見張る。

 「それって、設置した犯人一味ってことでしょうか。」

乱歩さん凄い。設置したての場所を推理しちゃったなんてと、
何だか微妙な興奮を示した虎の子くんへ、

「いや待って敦くん。
 乱歩さんは何も爆弾がある場所を透視したわけじゃあないんだよ?」

こういう輩だと思われるので、だったらこういうところへ設置するんじゃないかなと、
手がかりを組み合わせ、手持ちの知識と経験値でふるいにかけ、
そういった常人ならざる巧みにして鋭い推理で、割り出された該当地を示してくれたのであって。
なので、設置したての場所や、ともすりゃあまだ置かれてはない場所だってあったかもしれない。

 「…でも、確かに妙だよね。」

敦の驚きようをちょっと待てと、考え違いだと制しかけた太宰だが、

 「設置した犯人一味が、そんな場所にいちいち貼りついてたってことだろうか?」

それはそれでちょっと妙な話なんじゃあなかろうかと、疑心を抱えて眉をしかめる。
考えるのは乱歩に任せりゃあいいことゆえに、脚が止まるまではしなかったものの、

 「警察や関係者が慌てるところを見たいなら、
  広範囲でいい、何だったらなぞなぞででもいいからどの辺りかを記しとけばいい。」

防犯カメラの画像ジャックは 高等過ぎてそうそうは手掛けられずとも、
使い捨て覚悟で携帯端末を設置し、そこからの動画配信という格好で
離れた地点からでも観察することが可能な昨今だから、定点観察だけなら何とでもなろう。
設置した爆発物がちゃんと機能したかを案じているなんてのも論外だ。
同じ手で監視は可能だし、爆発騒ぎなんてのが街中で生じれば、
かつての誰かさんが師匠に届けと頑張った前例じゃあないけれど
“狼煙”のように爆音やら煙やらが上がるので、至近にて注意を向けていなくともいいだろに。

 「街中?」

そう言えば、自分たちはどこのブツを対処しに駆けっているのかをまだ聞いてはなかった。
歩きながらだのタクシーへ乗り込みながらだの、
一般の方々の耳目が至近な道中の話題にするにはいささか物騒だったからでもあって。
決してうっかり忘れていたからじゃあないので念のため。(……。)
その点も含めてだろう、
敦が先をゆく外套姿の長身な美丈夫へ語尾を上げるよな訊き方をすれば、

 「ああ。我々が向かっているのはあそこだからね。」

ガイドの真似でもするかのように、太宰が指先を揃えた優雅さで長い腕を伸べて差したのは、
空へ届けとばかりに背伸びした楼閣、ヨコハマでも有数の綺羅らかなる摩天楼、

 「ポートサイドホテル?」

敦もようよう知っている、
いかにも目立って巨大な外観の、ヨコハマにおけるランドマークの一つにして、
それは高級でエクセレントな巨大高層ホテルのことで。
名だたる国賓や各界のエグゼクティブが定宿とし、
幾度となく国際会議が開かれ、世紀のカップルなどと騒がれた超有名人が挙式しと、
格式高く華やかな話題の舞台となることの多かりし場でもあり。
庶民には洟も引っ掛けないよな取り澄ましたところかといや、そんなことはなく。
一階の広大なロビーは待ち合わせにご利用くださいと開放されていて、
香りい紅茶や焼きたてパンのモーニングを食せるし、
ナオミらがはしゃぎつつ話していたように、最上階のラウンジでは、
有名どころの名店が “お気軽にご利用を”と
平日の昼間に各種バイキングを開くような気さくさも発揮しているよな、
半端な市庁舎や県庁舎より頼りになろう、何でもござれの懐深い頼もしい存在で。

 「ああ。そこのバックヤードの配電盤操作室だそうだ。」

古臭い言い方でボイラー室ってところかなと、太宰がにっこり笑ったものの、
聞いた敦はそれどころじゃあない。
爆発物をばらまいた、死傷者が出よう規模のそれだ、
せいぜい覚悟しろ…とくらいしか書かれてはなかった文書だというに、

 「何でそこまでピンポイントで判るんでしょうね。」

ウチの名探偵が実は異能者ではないことは社員全員が知っている。
天から授かった突然変異的な奇跡じゃあなく、
持って生まれた才と自身が磨いた観察力や洞察力が為す代物なのであり。
乱歩さんのおつむの出来はもはや神様の領域なのかも知れないと、
その神がかりな推量へ唖然としつつも、程なくして問題の大きなホテルへ到着。
車で乗り付けるお客様も少なくはないため、
前庭の常緑の茂みを縫うようにゆったりとした傾斜でロータリが設けられ、
どこぞかの神殿のような円柱に支えられた正面玄関は、乳色の大理石で築かれていて何とも荘厳。
気軽にご利用をと朗らかに微笑むドアマンのおじさまではあるが、
背景の威容には小心な敦なぞ恐縮しか湧かぬほどでもあり。
そんな少年なのを肩越しに見やってくすくすと苦笑した背高のっぽの先輩様、

 「ほら、こっちこっち。」

それは物慣れた態度で手招きをすると、ちょっと判りにくい横手の方へとすたすた回り込む彼で。

 「…あ、そっか。」

一旦通り過ぎてやっと判るような角度の死角になって、
従業員や搬入業者しか通らぬのだろう小道がある。
フェンス沿いに大外を回った裏っ側には
それこそ消耗品や食材の搬入用の大きな昇降口もあるに違いなく。
こういった勝手に通じjているなんてさすがだなぁと、太宰の後へとひな鳥のよに続いて歩んでおれば。
それも余裕というものか、大きな背中の肩先を震わせ、不意にふふと小さく笑った教育係さんで。

 「それにしても爆発物といや、思い出すねぇ、敦くんの入社試験。」
 「はあ…。//////」

そうと言われれば敦の側でも思い出すのが、
半ば騙されたような格好で巻き込まれた “探偵社籠城事件”の一幕で。
今でこそ虎の毛並みを召喚すれば弾丸くらいなら防げる身となったものの、
当時はそんな異能の制御もままならぬ段階。
だったにもかかわらず、

 「いきなり“高性能新型爆弾”の上へ覆いかぶさろうとするなんて。」

いくら茶番だったとはいえ、
それはないだろうと呆れた太宰と国木田、そして谷崎だったようで。
場の流れの中で、新型で威力も大きい危険なブツだと散々説明したのにねと、
お顔をくしゃりと歪めてまでして思い出したらしい太宰の言いようへ、

 「もうもう持ち出さないでくださいよ。///////」

黒歴史は大仰ながら、間違いなく伝説になりそうな所業。
どんだけ規格外な選択をしたものか、自覚も重々あっての情けなく。
まだまだ過去にするには近すぎるがため、
回顧のたびに当事者である敦が真っ赤になってしまうのも変わりなく。

 「そ、それより凄いですよね、太宰さんて爆発物処理も出来るなんて。」

何とも白々しい話題転換だったが、
焦りっぷりが可愛かったので、ここは流されてやるとするかと太宰も逆らいはせず。

 「雑学みたいなもんだよ。別にどうしても必要なスキルじゃあない。」

針金一本で大概のドアを開けてしまえるよな、斜めな方向にばっかり器用な御仁。
語学も堪能で、スワヒリ語やタガログ語も簡単な会話で良ければこなせるとかで。
だが、そんな彼としては、

 「ちゃんと担当者がいることなんだから、身につけなきゃいけないと構える必要はないさ。」
 「ですが、知っていれば危急の時に助かりますよ?」

両手を胸元で拳に握ってきっときっとと力説する少年へ、

 “危急の時ってのがそうそうやって来ちゃあ嫌だろう。”

しかも爆発物付きでなんて、自分だったら御免こうむるけどねと、
困ったように形の良い眉を下げた太宰は、

 「そうそうご縁があっちゃあいけないと、キミも思うだろう?」

すぐ傍にいる敦への声ではなかろう、やや張った口調でそうと言い、
視線もやや後方へと向けた太宰さん。
え?と意外に思って肩越しに後方を振り向けば、
裏方専用の搬入口までをつなぐ細い小道の途中に見慣れた人影が。

「…。」
「こんなところで逢うとは奇遇だよね、芥川くん。」

いつものいでたち、漆黒の長い外套に胸元には白いリボンタイを覗かせて、
その痩躯を小道への目隠しになっていた椿の生け垣の陰から進み出させた青年は、
やり過ごそうと思えば出来たろに、自分から姿を現したようで。
というのが、

 「爆発物に関わるお出ましなのですか?」

親しい顔見知りだからという声掛けではなかろう、
ややもすると窺うような口調にて、
そんな限定的な問いかけを太宰へと向けてきたのだった。



 to be continued. (17.11.28.〜)




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 *オフでならともかく、任務中の遭遇です。
  標的が同じならこのまま VSモードへ突入ですが…。